2014年12月21日日曜日
2014年12月10日水曜日
連射
AdventCalendar2014用の投稿です。
ちょっと別の話題を書いてみる。
「シュウォッチ」
知っている人も多いだろう。
連射測定器である。
80年代のSTG黄金時代、「連射が速い」というのは一種のステータスであった。
自分自身、痙攣打ち(当時は押し指連打と勝手に呼んでいた)で186発(10秒)を記録した事がある。
「あの高橋名人(16連射)より速い」と自慢していたものだ。
ちなみに今は12連射位しか出せない。ラザロを倒す(約11.7連射以上)ギリギリのラインだ。
指一本(主に人差し指か中指)をボタンに当て、腕に力を入れて振動を起こして連射する方法。
腕が痙攣している所から痙攣打ちと呼ばれる。
高橋名人の16連射が有名。
メリット
・比較的安定した連射が可能
・連打するのにボタンが一つあれば良い
・練習次第でかなり速い連射が可能
・連打速度を調整し易い
・複雑なボタン操作の中にも組み込み易く、色々なゲームに対応し易い
デメリット
・腕に力を入れるため疲れ易く、長時間には不向き
・連射速度を上げるには熟練が必要
指二本(主に人差し指と中指)をバタバタと上下させ、交互にボタンを押す連打方法。
ピアノを弾いている指の動きに似ている事からピアノ連打と呼ばれる。
余談だが最近のタッチパネルとの相性も良い。
メリット
・比較的安定した連射が可能
・力が要らず疲れないため長時間の連打が可能
・難しい技術が要らず、誰にでもできる
・連打速度を調整し易い
デメリット
・ボタンが二つ以上必要
・連射速度で他の方法に劣る
親指以外の指四本(主に人差し指、中指、薬指の三本)を折り曲げ(爪で引っ掻く時のような感じ)、爪の部分をボタンに当て、手を横にスライドさせて擦りつける連打方法。
非常に独特な連打方法で、一見すると連打しているようには見えない。
しかし、これをマスターすれば間違いなく最速の連射が可能になる。
メリット
・非常に速い連射が可能(秒間20連射以上はほぼこすり連打)
・比較的力を必要とせず、長時間の連射も可能
デメリット
・ボタン一つでも可能だが、連射速度を求めるには二つ以上のボタンが必要
・かなりの熟練が必要で、素人ではマトモに連射にならない
・連射速度が不安定になりがち
・爪を痛めるなど身体に支障が出る
・筐体を傷つけてしまう
90年代に入るとオート連射が標準となり、連射の技は必要とはなくなってしまった。
連射は筐体を傷つけてしまう、損耗させてしまうなど問題も多かったからだ。
今や失われつつある技術。
それも時代の流れなのだろう。
ちょっと別の話題を書いてみる。
「シュウォッチ」
知っている人も多いだろう。
連射測定器である。
80年代のSTG黄金時代、「連射が速い」というのは一種のステータスであった。
自分自身、痙攣打ち(当時は押し指連打と勝手に呼んでいた)で186発(10秒)を記録した事がある。
「あの高橋名人(16連射)より速い」と自慢していたものだ。
ちなみに今は12連射位しか出せない。ラザロを倒す(約11.7連射以上)ギリギリのラインだ。
痙攣打ち(振動打ち)
指一本(主に人差し指か中指)をボタンに当て、腕に力を入れて振動を起こして連射する方法。
腕が痙攣している所から痙攣打ちと呼ばれる。
高橋名人の16連射が有名。
メリット
・比較的安定した連射が可能
・連打するのにボタンが一つあれば良い
・練習次第でかなり速い連射が可能
・連打速度を調整し易い
・複雑なボタン操作の中にも組み込み易く、色々なゲームに対応し易い
デメリット
・腕に力を入れるため疲れ易く、長時間には不向き
・連射速度を上げるには熟練が必要
ピアノ連打(ドレミ連打)
指二本(主に人差し指と中指)をバタバタと上下させ、交互にボタンを押す連打方法。
ピアノを弾いている指の動きに似ている事からピアノ連打と呼ばれる。
余談だが最近のタッチパネルとの相性も良い。
メリット
・比較的安定した連射が可能
・力が要らず疲れないため長時間の連打が可能
・難しい技術が要らず、誰にでもできる
・連打速度を調整し易い
デメリット
・ボタンが二つ以上必要
・連射速度で他の方法に劣る
こすり連打
親指以外の指四本(主に人差し指、中指、薬指の三本)を折り曲げ(爪で引っ掻く時のような感じ)、爪の部分をボタンに当て、手を横にスライドさせて擦りつける連打方法。
非常に独特な連打方法で、一見すると連打しているようには見えない。
しかし、これをマスターすれば間違いなく最速の連射が可能になる。
メリット
・非常に速い連射が可能(秒間20連射以上はほぼこすり連打)
・比較的力を必要とせず、長時間の連射も可能
デメリット
・ボタン一つでも可能だが、連射速度を求めるには二つ以上のボタンが必要
・かなりの熟練が必要で、素人ではマトモに連射にならない
・連射速度が不安定になりがち
・爪を痛めるなど身体に支障が出る
・筐体を傷つけてしまう
連射の衰退
90年代に入るとオート連射が標準となり、連射の技は必要とはなくなってしまった。
連射は筐体を傷つけてしまう、損耗させてしまうなど問題も多かったからだ。
今や失われつつある技術。
それも時代の流れなのだろう。
2014年12月5日金曜日
アナログゲームについて#2
AdventCalendar2014用の投稿です。
投稿予定日を随分と過ぎてしまったが、続きを書く事にする。
前回の最後に「面白いゲームの条件」というものを残したので、それを書いていこうと思う。
面白いゲームの条件
これは幾つかの意味がある。
一つ、人を集める難易度
一つ、ゲームの複雑さ
一つ、ゲーム中の待ち時間
これは解り易いと思う。人数が多いと集めるのも大変。遊ぶ場所を確保するのも大変だ。
投稿予定日を随分と過ぎてしまったが、続きを書く事にする。
前回の最後に「面白いゲームの条件」というものを残したので、それを書いていこうと思う。
面白いゲームの条件
- プレイ人数は3〜6人程度
- 一回のプレイが20〜30分程度、長くても60分以内
- ルールの全容が理解できる
- 運の要素がある程度関与している
- ゲーム終盤まで逆転の可能性がある
■プレイ人数は3〜6人程度
これは幾つかの意味がある。
一つ、人を集める難易度
一つ、ゲームの複雑さ
一つ、ゲーム中の待ち時間
人を集める難易度
これは解り易いと思う。人数が多いと集めるのも大変。遊ぶ場所を確保するのも大変だ。
実際、楽しく遊ぶには「ルールを知っている人」を集める必要がある。
ルールを知らない人を含めて教えつつ遊ぶのも勿論良いが、その回では真剣な勝負は望めない。
場所は空間的広さの問題の他、「音」の問題もある。人数が増えれば総じて騒がしくなり、盛り上がれば大きな声を出す。
あまり知られていないかもしれないが、実はボードゲームは案外大きな音(声)を出すゲームなのだ。
区民会館の一室を借りていた時、危うく追い出されそうになった事もある。
一方、カラオケボックスでボードゲームをやった事もあるが結構快適だった。音を気にしなくて良いし、注文すれば飲み物がすぐに届く(笑)
プレイ人数が増えるとは即ち、対戦相手が増える事を意味する。
二人で一対一で競う状況と、三人が三つ巴で競う状況と、四人で競い合っている状況とでは、級数的に複雑さは増加する。
ゲームを、プレイヤーが理解できない程に複雑化する事の無いよう、人数は抑え目にする事が大事だ。
典型的なターン制ゲームでは人数の増加がそのまま待ち時間の長さに直結する。ただし、同時にプレイするようなものでは起こりにくい。故にこれはルール次第とも言える。
「プレイ時間が長い=面白いゲーム」と考える人は少ないと思う。(とはいえ昔、ファミコンで「他社のRPGはラスボスのHPが999だがウチの新作は9999だ、だから10倍面白い!」なんて言ってた人がいるくらいだから案外笑えない)
ボードゲームは一度に数回遊ぶのが、面白さを堪能する良い遊び方だと思う。
一回目:ルール覚えた
二回目:こんなはずじゃなかった!もう一回!
三回目:同上(笑)
よって一回のプレイ時間は短めなのがオススメだ。
一度のプレイ時間が長いとその間中ずっと思考し続ける事になり、ゲーム終了時にはとても疲れてしまう。もう一度プレイする事はさすがにできない。
しかもその一回で不本意な結果になると、不本意な気持ちを抱いたまま疲れてゲームを終える。満足・納得してゲームを終える事が出来ないのだ。
これにも幾つか理由がある。
一つ、プレイヤーがゲーム進行役を兼ねる
一つ、ゲーム展開を理解し、次の行動を選択できる
一つ、行動と勝敗の因果関係を理解し、結果を受け入れる
デジタルゲームとは違い、アナログゲームは勝手には進まない。プレイヤー達自身の手で進めてゆく必要がある。諸々の判定も、各種計算も、全て自分達で行う。
故に、理解できないルールは作ってはならない。
ルールが複雑過ぎるとゲーム展開が理解できず、自分が何をすればよいのか全然判断できない状態になる。
そうなるとプレイヤーは適当な判断をするようになってしまい、それはもうダイスを振って決めているのと大差はない。
プレイヤー同士の思考を競い合うべきアナログゲームにおいて、これは致命的欠陥とも言える。
ゲームのルールがキチンと理解できていれば、次に何が起こるか、ある程度は解る様になる。(無論全てではない)
そうすれば次にどんなプレイをするべきか、やはりある程度は判断できるようになる。(当然常に正しい判断が出来る訳ではない)
自分が勝つにはどのように行動するべきか、その思考を競い合う事が可能になる。
前述の続きになるが、自分がなぜ勝ったのか、或いは負けたのか。
ゲーム中のそれぞれの場面で、どのようなプレイをすれば違う結果にできたのか。
これも、ルールを理解する事で初めて理解できるし、理解できるからこそ、敗北を含めた結果を受け入れる事ができる。
なぜ負けたのか解らないのに、敗北のみを受け入れる事は難しい。
「完全情報ゲーム」というものがある。(より厳密には「二人零和有限確定完全情報ゲーム」)
ゲーム中の情報はプレイヤーの思考以外は全て公開され、運の要素が全く存在しないゲームの事だ。
完全情報ゲームではプレイヤーの思考”だけ”が勝敗を決める要素となる。故に、基本的に弱い人は強い人には絶対に勝てない。別の言い方をすれば、強い人は弱い人には絶対に負けない。勝敗がある程度固定化されてしまう。
「真剣勝負をするならば運の要素は邪魔なだけだ」という意見もある。正論だと思う。
ただし、ボードゲームをプレイする人々の多くはプロフェッショナルなどではなく、いわゆる一般人だ。
ゲームの勝敗に人生まで賭けているような人は非常に少ない。
勝ったり負けたりして、適度に楽しみたいのだ。
プレイヤーの思考だけではどうにもならない部分(運など)で、展開に変化を生じさせる必要がどうしても出てくる。
それは勝敗を固定化させない為の配慮とも言える。
弱い人でもチャンスが巡ってくるという希望を生み、強い人でも負けるというリスクが緊張感を生むのだ。
無論、運の要素が強すぎるといわゆる「運ゲー」になって、つまらなくなるから注意が必要だ。
勝利の可能性が潰えた時、プレイヤーはゲームをプレイする動機を失う。
ゲームの典型的な目的は「ゲームで勝利する事」だからだ。
絶対に勝利できないという状況は、可能な限り排除するべきだ。
ただし、その可能性が低い事は問題とはしない。
あくまでも可能性があること(ゼロじゃない事)が大切なのだ。
可能性が高過ぎると「逆転したもの勝ち=概ね運ゲーム」となるので良くない。
今回はここまで。なんだかすごく長くなってしまった。文体も硬い(笑)
次回からはゲームを作るときに考えている事などを書いていければ、と思う。
場所は空間的広さの問題の他、「音」の問題もある。人数が増えれば総じて騒がしくなり、盛り上がれば大きな声を出す。
あまり知られていないかもしれないが、実はボードゲームは案外大きな音(声)を出すゲームなのだ。
区民会館の一室を借りていた時、危うく追い出されそうになった事もある。
一方、カラオケボックスでボードゲームをやった事もあるが結構快適だった。音を気にしなくて良いし、注文すれば飲み物がすぐに届く(笑)
ゲームの複雑さ
プレイ人数が増えるとは即ち、対戦相手が増える事を意味する。
二人で一対一で競う状況と、三人が三つ巴で競う状況と、四人で競い合っている状況とでは、級数的に複雑さは増加する。
ゲームを、プレイヤーが理解できない程に複雑化する事の無いよう、人数は抑え目にする事が大事だ。
ゲーム中の待ち時間
典型的なターン制ゲームでは人数の増加がそのまま待ち時間の長さに直結する。ただし、同時にプレイするようなものでは起こりにくい。故にこれはルール次第とも言える。
■一回のプレイが20〜30分程度、長くても60分以内
「プレイ時間が長い=面白いゲーム」と考える人は少ないと思う。(とはいえ昔、ファミコンで「他社のRPGはラスボスのHPが999だがウチの新作は9999だ、だから10倍面白い!」なんて言ってた人がいるくらいだから案外笑えない)
ボードゲームは一度に数回遊ぶのが、面白さを堪能する良い遊び方だと思う。
一回目:ルール覚えた
二回目:こんなはずじゃなかった!もう一回!
三回目:同上(笑)
よって一回のプレイ時間は短めなのがオススメだ。
一度のプレイ時間が長いとその間中ずっと思考し続ける事になり、ゲーム終了時にはとても疲れてしまう。もう一度プレイする事はさすがにできない。
しかもその一回で不本意な結果になると、不本意な気持ちを抱いたまま疲れてゲームを終える。満足・納得してゲームを終える事が出来ないのだ。
■ルールの全容が理解できる
これにも幾つか理由がある。
一つ、プレイヤーがゲーム進行役を兼ねる
一つ、ゲーム展開を理解し、次の行動を選択できる
一つ、行動と勝敗の因果関係を理解し、結果を受け入れる
プレイヤーがゲーム進行役を兼ねる
デジタルゲームとは違い、アナログゲームは勝手には進まない。プレイヤー達自身の手で進めてゆく必要がある。諸々の判定も、各種計算も、全て自分達で行う。
故に、理解できないルールは作ってはならない。
ゲーム展開を理解し、次の行動を選択できる
ルールが複雑過ぎるとゲーム展開が理解できず、自分が何をすればよいのか全然判断できない状態になる。
そうなるとプレイヤーは適当な判断をするようになってしまい、それはもうダイスを振って決めているのと大差はない。
プレイヤー同士の思考を競い合うべきアナログゲームにおいて、これは致命的欠陥とも言える。
ゲームのルールがキチンと理解できていれば、次に何が起こるか、ある程度は解る様になる。(無論全てではない)
そうすれば次にどんなプレイをするべきか、やはりある程度は判断できるようになる。(当然常に正しい判断が出来る訳ではない)
自分が勝つにはどのように行動するべきか、その思考を競い合う事が可能になる。
行動と勝敗の因果関係を理解し、結果を受け入れる
前述の続きになるが、自分がなぜ勝ったのか、或いは負けたのか。
ゲーム中のそれぞれの場面で、どのようなプレイをすれば違う結果にできたのか。
これも、ルールを理解する事で初めて理解できるし、理解できるからこそ、敗北を含めた結果を受け入れる事ができる。
なぜ負けたのか解らないのに、敗北のみを受け入れる事は難しい。
■運の要素がある程度関与している
「完全情報ゲーム」というものがある。(より厳密には「二人零和有限確定完全情報ゲーム」)
ゲーム中の情報はプレイヤーの思考以外は全て公開され、運の要素が全く存在しないゲームの事だ。
完全情報ゲームではプレイヤーの思考”だけ”が勝敗を決める要素となる。故に、基本的に弱い人は強い人には絶対に勝てない。別の言い方をすれば、強い人は弱い人には絶対に負けない。勝敗がある程度固定化されてしまう。
「真剣勝負をするならば運の要素は邪魔なだけだ」という意見もある。正論だと思う。
ただし、ボードゲームをプレイする人々の多くはプロフェッショナルなどではなく、いわゆる一般人だ。
ゲームの勝敗に人生まで賭けているような人は非常に少ない。
勝ったり負けたりして、適度に楽しみたいのだ。
プレイヤーの思考だけではどうにもならない部分(運など)で、展開に変化を生じさせる必要がどうしても出てくる。
それは勝敗を固定化させない為の配慮とも言える。
弱い人でもチャンスが巡ってくるという希望を生み、強い人でも負けるというリスクが緊張感を生むのだ。
無論、運の要素が強すぎるといわゆる「運ゲー」になって、つまらなくなるから注意が必要だ。
■ゲーム終盤まで逆転の可能性がある
勝利の可能性が潰えた時、プレイヤーはゲームをプレイする動機を失う。
ゲームの典型的な目的は「ゲームで勝利する事」だからだ。
絶対に勝利できないという状況は、可能な限り排除するべきだ。
ただし、その可能性が低い事は問題とはしない。
あくまでも可能性があること(ゼロじゃない事)が大切なのだ。
可能性が高過ぎると「逆転したもの勝ち=概ね運ゲーム」となるので良くない。
■おわりに
今回はここまで。なんだかすごく長くなってしまった。文体も硬い(笑)
次回からはゲームを作るときに考えている事などを書いていければ、と思う。
2014年12月2日火曜日
アナログゲームについて#1
AdventCalendar2014用の投稿です。
アナログゲームについて、いくつか書いていこうと思う。
ボードゲームのこと。テレビゲーム(最近ならスマホゲーム)など電子機器を用いるものをデジタルゲームと呼んで、その対比としてアナログゲームと呼ぶ。
あまり知られていないが「非電源系ゲーム」と言ったりもする。
過去にゲームマーケット(ボードゲームのイベント)で会場が一時停電になった。その時「ボードゲームは電気を使わないので問題ありません」とアナウンスがあり拍手喝采が起きたというエピソードがある。
まあ残念な事だが、大体はその認識で合っている。正月に親戚の子供達が集まって遊ぶアレだ。(大抵は途中で飽きて最後までプレイされない)
「ボードゲーム=子供の遊び」という図式も人生ゲームが作り上げたと言って過言じゃないだろう。
この点タカラ(現タカラトミー)の罪は重い(笑)
当然ながら人生ゲーム以外にもアナログゲームは存在する。
囲碁、将棋、チェス、トランプ、オセロ、麻雀などは古来から存在するアナログゲームだ。数十年どころか数百年、中には千年単位で遊ばれてきた。
とはいえ、上に挙げたゲームも「年寄り向け(古い)」「子供向け」「難しい」「ギャンブル」といったイメージがある。今時のデジタルゲームのイメージやプレイヤー層とはかなり離れていて、今ひとつ馴染みが薄い。
自分自身も仕事で関わるまでアナログゲームとは殆ど無縁だった。
もちろん存在する。
日本には殆どないが、海外では最近の数十年ほどで見渡しても数多くの新作ゲームが登場している。その数は数百ともそれ以上とも言われる。
個別の紹介は割愛するが、戦略性に富むものから皆で楽しむパーティゲーム、教育知育的側面をもつもの、社会問題を扱ったものなど様々だ。
世界大会が存在するゲームすら一つや二つではない。
ボードゲーム(Wiki) ※ここに並んでいるのはほんの僅かだ
アナログゲームは面白いよ!て事が言いたい。
そこで「面白いゲームの条件」てのを書き出してみた。「遊び易いゲームの条件」の方が正しいかもしれない。
・プレイ人数は3〜6人程度
・一回のプレイが20〜30分程度、長くても60分以内
・ルールの全容が理解できる
・運の要素がある程度関与している
・ゲーム終盤まで逆転の可能性がある
次回はこの辺について書いていこうと思う。(変わるかもしれないが)
アナログゲームについて、いくつか書いていこうと思う。
アナログゲームってなに?
あまり知られていないが「非電源系ゲーム」と言ったりもする。
過去にゲームマーケット(ボードゲームのイベント)で会場が一時停電になった。その時「ボードゲームは電気を使わないので問題ありません」とアナウンスがあり拍手喝采が起きたというエピソードがある。
要するに人生ゲームのことでしょ?
まあ残念な事だが、大体はその認識で合っている。正月に親戚の子供達が集まって遊ぶアレだ。(大抵は途中で飽きて最後までプレイされない)
「ボードゲーム=子供の遊び」という図式も人生ゲームが作り上げたと言って過言じゃないだろう。
この点タカラ(現タカラトミー)の罪は重い(笑)
他にはないの?
当然ながら人生ゲーム以外にもアナログゲームは存在する。
囲碁、将棋、チェス、トランプ、オセロ、麻雀などは古来から存在するアナログゲームだ。数十年どころか数百年、中には千年単位で遊ばれてきた。
とはいえ、上に挙げたゲームも「年寄り向け(古い)」「子供向け」「難しい」「ギャンブル」といったイメージがある。今時のデジタルゲームのイメージやプレイヤー層とはかなり離れていて、今ひとつ馴染みが薄い。
自分自身も仕事で関わるまでアナログゲームとは殆ど無縁だった。
「新作の」「面白い」アナログゲームって存在するの?
もちろん存在する。
日本には殆どないが、海外では最近の数十年ほどで見渡しても数多くの新作ゲームが登場している。その数は数百ともそれ以上とも言われる。
個別の紹介は割愛するが、戦略性に富むものから皆で楽しむパーティゲーム、教育知育的側面をもつもの、社会問題を扱ったものなど様々だ。
世界大会が存在するゲームすら一つや二つではない。
ボードゲーム(Wiki) ※ここに並んでいるのはほんの僅かだ
結局何が言いたいの?
アナログゲームは面白いよ!て事が言いたい。
そこで「面白いゲームの条件」てのを書き出してみた。「遊び易いゲームの条件」の方が正しいかもしれない。
・プレイ人数は3〜6人程度
・一回のプレイが20〜30分程度、長くても60分以内
・ルールの全容が理解できる
・運の要素がある程度関与している
・ゲーム終盤まで逆転の可能性がある
次回はこの辺について書いていこうと思う。(変わるかもしれないが)
登録:
投稿 (Atom)